齋藤 明

杜氏齋藤 明

一年中造りごとに関われる、幸せ。
ひと粒の米に命がけです

-百姓と酒造りは似ている

夏季はリンドウを栽培しているのですが、酒造りは百姓と似た部分があります。自分の作るリンドウには「俺のリンドウは、こうだ」という自分だけの個性がある。蔵人のなかにもトマト農家がおりますが、それぞれ「俺のトマトはこうだ」という個性がある。酒造りも百姓と一緒で、蔵や蔵人の個性が自然と出来上がった酒に出てくると思います。
リンドウの栽培は種を取るところから始まります。それから種を蒔く。種を蒔かなければ芽は出ない、芽が出なければ苗も出来ない。苗を植えなければ花は咲かない。農業は、1つ1つの作業を積み重ねていった先にはじめて完成するもので、酒造りも同じです。そこに至るまでは我慢強さや辛抱強さ、そして先を読んで動く力が欠かせません。
ぶれずに、心折れずに「自分が作るのはこういう酒だ」とこだわり続けることが大事だと思ってやっています。

-ぶれずに、だが時代の流れには合わせていく

ぶれない一方で、時代の流れに合せていく感覚は重要です。20年前のリンドウは今見るとやはり古く感じる。最近のリンドウの方がスタイリッシュなんです。
酒も同じです。前杜氏から造りを引き継いで11年になりますが、過去の方法にしがみつきはしませんでした。それから、よそも気にしません。「自分たちはこういう造りで、こういう酒で」と、ぶれない筋が通っていることを何よりも大切にしています。
ある歌に「古い船を動かすのは古い水夫ではない、新しい水夫が動かす」という歌詞があるんですが、うちの蔵は、それが出来るのではないかと思っております。
この辺の地域では「我(わ)は、我(わ)」とよく言います。俺は俺でやっていく。自分は自分の道を行く。うちの蔵は、造りが独特だと県のハイテクセンターにも言われることがありますが、逆にそれが誇りでもあり、幸せな蔵だと思っております。
南郷地域は雪深い地で、他と閉ざされていて、だからこそ独自の文化が築かれてきた経緯がある。それは凄いことだと思いますし、「うちはうち」ですと言えることは、誇りです。

-仲間の輪があってこその花泉

蔵人は仲間であり、自分にとっては「宝物」。最高のパフォーマンスを出してくれる仲間がいてはじめて、酒造りが出来るからです。彼らがいなければ、どんな作業も出来ません。栽培から出荷まで全部を1人でやるリンドウとはその点が大きく違います。共に酒造りをする仲間には日々感謝で、皆に采配をふるえることは嬉しく、これからは次世代に、酒造りのいろんなことを残していきたいという想いもあります。

-造り事は人を幸せにする

「造りごとは人を幸せにする」。
酒造りには、この言葉がしっくりきます。
自分も酒が好きで、会社を愛していて、仲間を愛しています。そうして出来たお酒を、受け取った人が喜んでくれ、呑んでくれた人も喜んでくれる。これほど幸せなことはありません。リンドウの栽培もやはり「造りごと」の一つで、1年中「つくりごと」の世界に足を突っ込んでいられる自分は、本当に幸せだと思っております。

-「Let’sチャレンジ」の精神で

花泉の造りを一言で表すなら、「Let’sチャレンジ」です。毎年毎年、米も天候も気温も、酒造りに関わる条件がすべて異なります。その時にしか出来ない酒を、造る。常に条件が異なるからこそ面白みがあります。
また、毎年新たな取り組みに挑戦し続けてきた、という意味でもあります。「こうしよう」「こうしよう」とチャレンジしてきたことが積み重なっていく強さがある。これまで先人達が歩んできたいづれの時代の何がかけても、いまの花泉には至りません。

-笑顔で、造る

また、仕事は笑顔でやらないといけないと思っております。笑って、明るく仕事が出来る環境が一番です。農作物も酒も同じことですが、笑顔で作っている人の作ったお酒の方が美味しいと思っています。蔵では音楽を流していますが、これも、綺麗に、素早く、きびきびと仕事が出来るようにするため。雪に覆われて白黒になった世界でも、音楽があると和みます。

-「命の一滴」のために

こうした様々の積み重ねの末に生まれるのが、酒です。
酒の一滴は、命の一滴。
一粒の米にはじまり、酒の一滴となるまで、命がけです。

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